Shintaro.media
竹内瑠璃さんVol.4
utsuwa
10

「瑠璃という名の森で、伸びゆく若葉。私たちも九谷から見守っています。」

瑠璃さんが尊敬する九谷の大先輩からメッセージをいただきました!

繊細な絵付けと、それを引き立てる造形力。大きな素質を持った“表現者”だと思います。

ーーーーーーー赤絵細描・福島武山さん


瑠璃さんと初めてお会いしたのは、私が担当させていただいた絵付けの講習に瑠璃さんが講習生として参加されたときでした。でも、それより以前に瑠璃さんの作品は目にしていたんです。絵付けだけでなく造形の技術にも、そしてそれらの調和が生み出す表現力にも、非常に驚いたことを覚えています。

上絵は細くて繊細に描かれており、つまみの部分の手びねりの造形もその上絵とマッチしていて。ショーウィンドウで見たときに、作品が放つインパクトがとても強かったんです。


ご両親がこういった“ものづくり”を生業とはされていない環境で生まれ育ったとおっしゃっていましたが、どこでこれほどまでの表現力を培われたのか不思議なくらい、大きな大きな素質を持っている人です。

絵付けだけでなく、形にもこだわって表現することで生まれる美しさ。

それはぜひたくさんの方に見ていただきたいものです。

−−−と、こんなに褒めると瑠璃さんは、きっと居心地悪そうにモジモジされるんでしょうね(笑)。

こんなにすごい作品をつくられるのに、とても遠慮する人だというのも、彼女の魅力の一つだと思います。

動物や人に“骨格を感じる”表現力も作品の大きな魅力ではないでしょうか。

ーーーーーーー陶彫作家・宮本直樹さん


陶磁彫刻をする私と瑠璃さんとの出会いは、私が講師を務めていた陶彫の講習会でした。10人ほどの講習生に石膏取りをお教えしていたのですが、講習生の中でもひときわ熱心で、いろいろ質問されてね。「それなら、ぜひ仕事場に来てください」とお伝えして、私の仕事場で2〜3日、石膏の型どりを学ばれる機会があったんです。その時、瑠璃さんがつくった唐子の造形を見て、大きな力を感じたことを今でも思い出します。

作品を作ろうとすると、経験の浅い人だと形がぼんやりしたものになってしまって、立体物として成り立たないものになりがちなんです。でも、瑠璃さんの作られた唐子は驚いたことに“骨格が感じられる”ものだったんですよね。芯の部分まできっちり構成されているというか。その後、瑠璃さんの作品を見て、その表現力に舌を巻きました。

彼女の作品には、その筆使いの細やかさや緻密さに目が行きがちですが、実は表現する立体物が正確に構成されているという魅力も持っています。

私が以前につくった風神雷神の陶彫を見て「“ひと”の造形をやってみたい」と思ってくれたということですが、今回作品として出されている唐子の表情やポーズなどに彼女なりの表現を見ることができるのではないでしょうか。楽しみですね。

「先生、私、少し思いついてしまいました...」

「褒めると、すごく照れるんです、瑠璃さん(笑)」

人として、女性として、「ドキドキしている」ことが感じられる。
そんな素晴らしい作品だと思います。

ーーーーーーー妙泉陶房・山本長左さん

妙泉陶房で修行し、独立されてから約5年。

今でも「親方」と慕ってくれる瑠璃さんは、山あり谷ありの人生の中でも一貫して「こんなものをつくりたい」という、純粋な創意をしっかりと持っている人です。

自分が表現することを楽しみながら、作品に触れる人を楽しませている−—−そんな感覚なのではないでしょうか。うちの陶房では、筆を思い通りに正確に動かす技術を学ばれただけで、もともと彼女の中にある表現したいことがあったからこそ、今の素晴らしい作品たちが生まれているのだと思います。

彼女の作品を見るたび、人として、女性として、“ドキドキしている”ことが伝わってきますね。それってとても大事なことだと思うんです。表現する、ということは、一方的ではなく受け手側とのキャッチボールが必要だと、私は思っています。

時代によって人の心は変わるんです。昔から、動乱の時代は赤や黒、金や銀などの強い色彩が好まれたり、不安な時代にはそれを代弁するようなモチーフが好まれたり。瑠璃さんは、自身の根っこで表現したいことをしっかり持ちながら、そういった受け手側の気持ちも自然と察することができる人です。だからこそ世の中の人とともに生き、世の人々の心に寄り添い、心を浄化する“美”を表現していってほしいと思っています。

人々に生かされて、これからも活躍してくださいね。